私たちについて

高澤 愛

【自己紹介と、墨丸を作り始めた理由】

 

 はじめまして。墨丸を作っております、高澤愛と申します。

    今日は、なぜ私が墨丸を作ることになったのか、少し長くはなりますが、お話しさせていただきたいと思います。

 

夢は、森を守ること

 幼い頃の私は、とにかくものづくりと、自然と、スポーツが大好きな、活発な子どもでした。父は書家で、母は書道教室の先生。私は書道の道には進みませんでしたが、書は当たり前にあるもので、家にある作品に、いつも助けられていたような気がします。

 私が抱いた最初の夢は『森を守る人』でした。水や木を心から尊敬していて、子ども心に「あぁ、こんな自然を、ずっと守って行きたいな」と思っていました。そんなふうに、ものをつくりながら、自然と戯れて、育っていったのですが、小学校の低学年あたりから、人間の営みについて、不思議に思うようになっていきました。

 私が大好きな木を、人は簡単に切って、使ってしまいます。本来であれば、木を植え、長い年月をかけて育てます。立派に大きくなったところで、商品に加工していきます。できた商品は、その役目が終わった時、土に返す。

 「ゆりかごから墓場まで」

循環するシステムができてはじめて、商品として気を扱うことができると思っていました。木以外の資源も同じです。

 

進路への迷い

 小学校3年生の時、はじめてセヴァン・スズキさんのスピーチ(ブラジル、リオ・デ・ジャネイロでの環境と開発に関する国連会議にて)を見る機会がありました。その頃から真剣に、人と自然の共存について、考えはじめました。

 そんな疑問を持ちながら、私は小・中・高と水泳、テニスに打ち込んでいました。努力の甲斐もあって、水泳でも、テニスでも全国大会に出場できるまでになりましたが、大学での進路について、迷いがありました。

 「森を守るには、どうしたらいいのか」

 人間の生きる目的を考えることが、森を守ることに繋がるのではないかという考えから、哲学科へ行こうか。あるいは、お金持ちになってから、そのお金を使って環境を守る活動をするために商学部へ行こうか。

 哲学は本能的に好きだったので、やりたくなったら学校へ行かなくても自分で本を読んだり、考えを巡らせるだろう。そう思い、商学部へ進学することにしました。

 

子どもたちの目の輝きが、イキイキとさせる

 大学2年生になると、私はテニスコーチの仕事をはじめました。当時、人見知りだった私に、大勢の前で自分の考えを伝えることは、とてもハードルの高いことでした。しかし、仕事のおかげで、人見知りを克服することができました。

 また、テニスの面白さにハマり、目を輝やかせながらテニスに励む子どもたちを見るのが、とても好きでした。子どもたちの目が輝いていた時、私の目もきっと輝いていたと思います。本当に大切なことを教えてもらいました。

 

罪悪感と搾取から鬱に……

 無事に大学を卒業し、就職することもできましたが、決して良いことばかりではありませんでした。幼い頃同様、地球に責任を持たない人間の営みに、自分も参加していることに対して、罪悪感を覚えていました。

 会社の利益のためには、地球に対しても、人に対しても無理を強いる。ライバル会社とはもちろん、同じ会社の中でも競わされ、労働力を搾取されながら、常に結果を求められました。考える余裕もなくなり、忙しく働く中で、真面目な人ほど鬱になっていきました。かくいう私も鬱になりました。

 今、原因を考えてみると、

 ①環境の問題「地球を傷つけながら生きているという罪悪感」

 ②労働の問題「私自体もずっと競わされ、搾取され過ぎていた

2点だったと思います。

 そこに加えて、私は昔から、自分の考えていることを他の人に話すのが苦手でした。家族でもそうです。私は、本当に困った時にも「もう無理だ」と言える相手がいなかった。ずっと体育会系で育ってきて、特に「心が弱い」といったことがなくても、鬱になってしまったのです。

 このように、ある一定の条件がそろって、精神的に追い詰められてしまうということは、ごく普通にあります。これを本当に「心が弱い」で済ませてしまっていいのでしょうか。「成長」は良いことなのでしょうか。それとも、悪いことなのでしょうか。

 

やりがいのある仕事をつくる

「森を守る人」の他に、私にはもう一つ抱いていた夢がありました。

 それは「忘己利他」を実践して生きたら、素敵な人生になると思っていたことです。「忘己利他」とは、「自分のことを忘れ、他の人々のために尽くせ」という意味で、最澄の『山家学生式』に見られるもの。子どもの頃、テレビで瀬戸内寂聴さんが言っているのを見て、この言葉を知ったのですが、実際に会社で働いて、本気で実践しようと思うと、とてもしんどかったです。

 先に述べた「心が弱い」や「成長」の答えが、ここにあるように感じます。

 自分を身を削って働き、我を忘れて働いても、相手が本当に幸せになっているなら、きっと自分も幸せになれるでしょう。しかし、自分の行いや会社の営み、売っているものが、本当に人や地球のために役立っているかのどうか。また、逆効果になることになっていないか。そういう疑念を持ちながら、自分を忘れるまで働いていたからしんどかったのだと、今では思います。

 こんな経験から、まじめな人が「忘己利他」を実践しても、イキイキと働ける仕事を少しでもつくっていきたいと思うようになりました。

 そして、それを実現させるため、「やりがいのある仕事」について、考えるようになりました。

 

墨丸を通じて実現したい世界

   そこで私のたどり着いた答えが『墨丸』です。

 

1、売り上げで、自然、動物、人を守る

2、日本に、本当にやりがいのある仕事を作る

3、物を作るなら、とっっても綺麗で、心の潤うものを作る

 

先進国の方の心の潤うような商品を作り、(仕事を作る)

相手を想うキラキラした優しい気持ちを、墨丸で形にする。

 

その想いが、売り上げの一部で行う活動で世界中に巡る。

 

墨丸を通じて、そんな世界が実現したら嬉しいなと思っています。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

                                          代表  高澤 愛

 

 



出水 桐華
書家

恵泉女学園中高を経て2006年東京女子大学卒業。

大学卒業後は都内法律事務所にて事務職員として勤務した後、2011年日本書道専門学校へ入学。

幼馴染が習っていたことから小学一年生より書道教室に通いはじめ、高校卒業まで継続。

中高時代は部活のバスケに明け暮れていましたが、唯一辞めずに細々と通い続けた習い事でした。

しかし大学時代の転居や就職などで書道とは疎遠になったまま社会人として働いていたとき、このままでいいのか?と自問自答。

そこで書道を本気で学びたいと思い、28歳で出戻り学生になることを決意。

 

日本書道専門学校を首席で卒業後、都内、千葉にて書道教室を立ち上げ、多数の生徒を指導。2018年、ゲストハウス宴の看板文字を揮毫。